ウィキペディアによると、今日は進藤達哉の誕生日らしい。
というわけで、記念すべき第1回は、彼の思い出について。
進藤達哉は、元プロ野球選手で、今はベイの内野守備コーチをやっている。
富山県・高岡商業高校出身で、ドラフト外で大洋ホエールズに入団した。
(秦野時代の同僚の小川くんは同郷で、進藤から手袋をもらったことがあるらしい。
毎日、進藤やベイ、阪神(彼は阪神ファン)のことを話していたことを思い出す)
俺が大洋ファンになった頃、進藤はまだ若手で、
1軍に上がったばかりの半レギュラーの内野手であった。
(調べると、87年入団とのこと。俺は高2の時に大洋ファンになったが、
まさにその年である)。
当時はショートが多かった気がする。高橋雅裕、永池恭男らとレギュラーを
争っていた。
守備はその頃から上手だったらしいが、その頃はあまり印象に無い。
その後、94年頃からレギュラーを確保しだした。
なぜ、守備の話をしたかと言うと、彼の守備は本当に素晴らしくて、
彼のファインプレーによって、窮地を脱したことがいくつもあったのである。
佐々木主浩がハマの大魔神と言われたが、進藤はまさに守備の大魔神であった。
今でも覚えているのが、98年の大阪ドームの阪神戦、
2000年の神宮でのヤクルト戦のプレーである。
ベイファンなら、誰でも覚えていると思うが、これ以上のことを話し出すと、
いつまでも書いていそうなので、知りたい人は俺か近くのベイファンに
直接聞いてください。
こんな進藤でも、日本シリーズの第6戦、
勝てば日本一の試合で1点リードの9回表にファールフライを落球したのは、
照明が目に入ったのかもしれないが、緊張していたのかもしれない。
打つ方では、リストを生かした強振バッターだった。
98年の東京ドームで、金石から逆転ホームランを打ったこと
(その時、俺は寮でラジオを聴いていて、実況を聞いた瞬間、床に大の字になって、
ガッツポーズをしたのを覚えている)、
それから、有名なシーンだが、10月8日の甲子園での逆転タイムリーだろう。
俺も多くのベイファンも、この話をしだすと、1時間は話すだろうね。。(^o^)
あと印象深いのは、応援歌のメロディーがインディジョーンズのテーマに似ていたこと。
ロバートローズ、石井琢朗の応援歌とともに、
当時付き合っていた彼女とよく電話で歌っていたものだ。
思い出は尽きないが、そんな彼も優勝後は苦労が多く、
若くして現役引退した。今はコーチ業である。
村田をバシバシ鍛えてやって欲しい。
(了)
※何か改行がヘン。 後で直そう。
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